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札幌地方裁判所 昭和37年(行)2号 判決 1963年3月19日

原告 日詰記管工業株式会社

被告 札幌国税局長

訴訟代理人 高橋欣一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対してなされた(一)昭和三三年四月一日より同三四年三月三一日にいたる事業年度分の法人税の更正処分、(二)昭和三四年四月一日より同三五年三月三一日にいたる事業年度分の法人税の再調査決定、に対する原告の各審査請求を棄却した被告の決定をいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は札幌市中小企業設備合理化促進条例(札幌市昭和三二年七月一日条例第二一号)に基き、札幌市より昭和三三年度旋盤二台(価格一台二三六、〇〇〇円)、昭和三四年度折曲機一台(同七四〇、〇〇〇円)の貸与をうけ、右条例の規定に従い、同三三年度において普通使用科九四、四〇〇円、特別使用料一二、五八六円、同三四年度において旋盤分普通使用料九四、四〇〇円、特別使用料一八、八八〇円、折曲機分普通使用料一四八、〇〇〇円、特別使用料一四八、〇〇〇円を支払つた。そこで、右各使用料を、いずれもその年度に属する工場費用中に損費として計上し、法人税確定申告をした。

二、ところが、札幌税務署長は、昭和三三年度の申告に対しては同三六年八月七日に、昭和三四年度の申告に対しては同三六年四月二〇日に、前記各借入機械の使用料は損金には当らないとして、それぞれ所得金額更正決定をした。そこで原告はこれを不服として、昭和三三年度分の更正決定に対しては同三六年八月二三日に、昭和三四年分の同決定に対しては同三六年五月一〇日に、それぞれ札幌税務署長に対し再調査請求をしたところ、昭和三三年度分の再調査請求は札幌国税局長に対する審査の請求とみなされ、同三四年度分については昭和三六年八月七日再調査決定がなされたが、これも不服であつたので同月二三日札幌国税局長に対し審査請求をした。しかるに札幌国税局長は、昭和三三年度分の審査請求に対しては昭和三六年一一月九日、同三四年度分の審査請求に対しては昭和三六年一一月一〇日、前記各使月料は各機械の割賦による買入資金であって使用料ではないとしていずれも棄却する旨の決定をした。

三、しかし、右各審査棄却決定は、次に述べるとおり、明らかに市条例の解釈を誤つてなされたものであり、前記「使用料」は形式的にも実質的にも使用料であつて割賦支払の代金ではない。すなわち、

1(条例の用語)

右条例は、全体を通じ「使用」または「使用者」という意義明瞭な文字を用いている。もし使用料が割賦支払の代金であるならば端的に「代金」なる字句を使用した筈である。

2(制度の本質)

札幌市経済局商工部商工課の出した右条倒の案内書である「機械貸与制度のご案内」と題する書面中の「注意していただくこと」の中に「1、この制度は融資制度と異り、市が機械を購入してこの機械をお貸しする方法です。」と書いてある。これは本条例により機械を貸与するのは、札幌市がまず使用者に代つて機械の代金を支払い、ついで使用料名義でその代金の割賦弁済をうける一種の融資制度ではないことを明言するものである。もちろん、本条例の目的は、中小企業者に機械を使用させることにあるのではなく、所有させることに存するのであり、当初納付額と各使用料とが完納された場合、機械類は右企業者らの所有となるものであるが、その場合であつても使用料は代金の一部にあたるものではなく、この点を明白にするため前記「ご案内」の前がき中に「低利(年五分)・長期間(五年)の融資をうけるとほぼ同じような結果をえられ軽い負担で能率的なよい機械類を設備することができます。」とことさら注意しているのである。この「ほぼ同じような」というのは結果からみるとほぼ類似するというだけで、実体は融資制度ではないことを示している。更に札幌市が直接使用者に機械類を割賦で売渡したものでもないこと当然である。

3(条例の解釈)

(1)  本条例八条には、使用者はその負担において当該使用にかかる機械等に市長を受取人として一定の損害保険をつけなければならない旨規定されている。もし使用者の買入れた機械であれば保険金受取人は使用者自らとなる筈である。

(2)  右条例九条には、使用者は使用機械等を善良な管理者の注意をもつて管理しなければならない旨規定されている。もし使用者の買入れた自己のものであれば善管義務を負ういわれはない。

(3)  右条例一一条には使用者は損害賠償義務を負う旨規定されている。もし機械貸借の実質が前記三、2にでてくる融資制度であるならば、借入れ資金あるいは代金の割賦支払義務が残るだけで、自己のものたる機械に対し損害賠償責任は発生しない筈である。

(4)  右条例一二条には使用者が使用料を滞納したとき、九条の規定に違反したとき、使用許可条件に違反したときは、市長は許可を取消し機械を返還させることができる旨規定されている。これは機械の所有権が札幌市にあることを示す。

(5)  右条例施行規則一八条には使用者は毎年度の機械の管理状況、生産実情等を市長に報告しなければならない旨定められている。

以上は本条例による機械等の使用関係が、札幌市と使用者との間に結ばれた賃貸借契約の一種であることを示すものである。

4(機械の使用・取得の法律関係)

本条例七条は当初納付額と普通使用料とを完納し(当初納付額と普通使用料の合計額は機械価格と一致する。)かつ特別使用料を完納したときは機械類の所有権は使用者に移転する旨規定し、前記「ご案内」中の「注意していただくこと」の4に「機械の所有権は貸与期間中は市にあり、使用料などを全部納めた場合に使用者のものになります」と結んで本条例による機械等の所有権の帰属を明らかにしている。とすれば使用者に機械等の所有権が帰属するまでの間の各使用料は決して割賦買入れの代金ではなく文字どおり使用料である。そして右所有権移転の法律関係は贈与ではなく、使用料が完済と同時に機械の対価に転化する形式をとつた使用料の完納を停止条件とする所有権移転契約であり、これが機械等の賃貸借契約と同時になされる一種の無名・混合契約である。

5(機械使用期間を五年とした理由)

使用期間を五年とした(六条)のは市が機械類の買入れに要した資金をできるだけ短期間に回収し、更に他の中小企業者にも同様の利益を与え企業振興と経済発展をはからんとするためである。

6(まとめ)

以上は本条例が目下窮境にある中小企業者の負担を軽くして、設備を合理的に充実させ企業の振興をはかろうとする目的でつくられたことから当然ひき出される解釈であつて、本件機械の使用・取得関係は割賦払約款売買ないしは融資制度と根本的に異り、従つて本件使用料は法人税法にいう損金としてその支出年度において計上されるべきものである。

よつて、右使用料を割賦による買入資金であるとして、前記各審査請求を棄却した被告の決定は市条例の解釈を誤り違法であるから、これの取消を求めるため本訴におよんだ。

被告の主張事実は、本条例の目的が中小企業者に機械等を使用させることにあるのではなく、これを所有させるにあるとの点を除き、その余の事実はすべて否認する。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり陳述した。

原告主張の請求原因事実中、一の事実のうち原告が法人税確定申告書において、工場費のなかに、昭和三三年度として施盤二台の損金九四、四〇〇円、同三四年度分として、旋盤二台の損金九四、四〇〇円、折曲機一台の損金一四八、〇〇〇円を、各計上したことは認めるが、その余は不知。

二の事実は認める。もつとも被告が損金性を否定したのは当該年度分の原告主張機械の減価償却額を超過する分のみである。

三の事実は争う。

主張として、

一、(本条例による制度の本質)

本条例は中小企業における設備の合理化を促進させ、(一条)、企業の育成振興をはかることを目的として制定されたものである。国または地方公共団体が、資金面で劣位にたつ中小企業者を保護し、設備合理化を助成する方法としてまず考えられるのは資金の融通であるが、機械類の購入資金を融通する場合、一つには融通した資金の全部が、融資者の政策目的にそうように運用されない虞れがあり、他の一つには融資金の回収が必ずしも完全に担保されない危険が生ずる。この弊害は融資にかえて機械等の現物を中小企業者に給付し、その代金を完済するまでその機械等の所有権を融資者側に留保しておくことによつて除かれる。本条例はこのような配慮に基いて制定されたものである。かかる観点にたつてみると、本条例の狙いは、中小企業者に機械等を「使用」させることにあるのではなく、これを「所有」させることにあるというべきであり、本条例により機械等を「使用」させ[使用料」を納付させることは「使用」という、文言にもかかわらず、その実質は機械等の割賦による販売であり、その賦払金を使用料という名称で支払わせるのであつて、その果す機能は融資となんら異るところはない。前記「ご案内の「前がき」において「低利(年五分)長期間、(五年)の融資をうけるのとほぼ同じような結果をえられ、軽い負担で能率的な機械類を設備することができます。」とあるのは、まさに端的に本条例の性格をものがたつている。

二、(条例の解釈)

1「当初納付額」(五条)の性質

通常の貸借ならばこれは損害担保のための保証金に該当するものであつて、貸借の対価たる使用料とは異質のものである。ところが本条例では右納付額を保証金と解すべき規定はみあたらず、むしろ七条・一二条第三項・第四項は、右当初納付額と普通使用料とを同質のものとして取扱つている。これは右当初納付額の性質を割賦販売におけるいわゆる頭金として解することによつてはじめて説明できるものである。

2「特別使用料」(五条)の性質

通常の貸借における使用対価の観点からは、この「特別使用料」の存在理由は説明できない。これは割賦販売における代金債権に対する利息に該当すると解してのみ、その性質づけができるものである。

3 使用期間(六条)および機械等の所有権の帰属(七条)

右両条は、中小企業者等に「使用」させる機械等の「使用期間」を機械の種類や耐用年数に関係なく最高限度を五年と定め、その期間内に五条所定の当初納付額、普通使用料および特別使用斜を納付させ、右当初納付額と普通使用料との合計額が、使用する機械価格と同額に達し、かつ特別使用料を完納したときは、当該機械等の所有権は市から使用者に移転するものと定めている。もし、本条例が条例の文言どおり機械を「使用」させることを目的とする制度と解するならば、なぜ端用年数が五年をこす機械についてまで僅か五年以内の期間に、機械購入価格相当額を全額当初納付額および使用料として納付させ、納付完了時になお相当の価値ある機械を使用者に譲与(所有権移転の原因は贈与となる筈)するかの合理的な説明に窮するであろう。むしろ「使用」のみが本来の目的ならば、より長期、より低廉な使用料で使用させる方が中小企業者の負担をより軽減する結果となること明らかである。しかし本条例はききに述べたとおり消極的に機械を「使用]させて中小企業者の負担減軽を策すにとどまらず、積極的に軽い負担で機械等の「所有権を取得」させることを目的とする立法である。従つて、本条例七条の実質は、代金および利息を完済するまでは目的物の所有権を売主側に留保し、右完済と同時にその所有権が買主に移転するものとする現今の割賦販売取引における商慣習となんら異るところはない筈である。

4 使用者において札幌市長を受取人として機械に保険をつける義務(八条)、機械善管義務(九条)、損害賠償義務(一一条)があることは、使用者が当初納付額・普通使用料・特別使用料を完納するまでは機械の所有権が使用者に移転せず市に存する(三条)ことの当然の帰結である。そして市に所有権留保する理由は「使用料」支払の担保のためであり、これは一般の割賦販売契約において代金完済まで目的物の所有権を売主に留保しておくことと、その機能において同一である。

5 使用者において、使用料滞納等各所定の義務違反があつたときに、市長が許可を取消し機械を返還させることができること(一二条)、機械の管理使用状況、生産実情等の報告義務があること(条例施行規則一八条)は、本条例が一つの社会政策立法であることから要求される権利にすぎない。

三、(租税法上の損金の定義および租税法の解釈運用)

課税は公平妥当を欠くことは許されない。納税者の複雑な社会経済生活における各事実を租税法規解釈上どのように評価すべきかは、単に当事者間で呼ばれている名義・呼称によるべきではなく、その事実関係に本来一般的に適合する意味づけを与える名義・呼称または法的効果を把握するいわゆる実質主義によらなければならない。本条例による制度の実質はすでに述べたところである。法人税法では、法人税の課税標準たる所得を、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によるとしている(法人税法九条第一項)。固定資産の減価償却は総損金に算入されるが、減価償却の理念は、固定資産に投下した金額を、その固定資産を利用する期間の費用の前払とみることにあるから、投下金額は利用期間に費用配分しなければならない(費用収益対応の原則)。すなわち、固定資産に投下した金額を各年度に公平に分配することによつて、各事業年度の収益に対応する費用が認識されることになり、損益計算を明確にならしめることになるのである。これを本件についてみると、費用の認識にあたつて、原告は機械の利用期間に関係なく単に支出したときに損金にあたると主張するのに反し、被告は機械の利用期間に配分すべき損金のみが当該年度の損金にあたると主張するものであり、原告の主張は、法人税法の損益計算の理念から甚しく逸脱するものといわなければならない。

四、(昭和三三年度分更正決定および昭和三四年度分再調査決定における所得金額の算出根拠ーー関係分のみ)

原告は確定申告において、本件機械の普通使用料昭和三二年度分九四、四〇〇円、同三四年度分二四二、四〇〇円をそれぞれ損金として計上し申告したが、札幌税務署長は前記被告主張と同旨の見解からこれを全額損金として計上するのを不当として、機械取得価格・耐用年数・減価償却率を認・選定して、正当な減価償却額を算出したところ、昭和三三年度分については、三二、七二四円、昭和三四年度分については八四、一六四円となつた。そこで右各金額と原告が損金に計上した普通使用料の各金額との差額、すなわち、昭和三三年度分については六一、六七六円、同三四年度分については一五八、二三六円を、減価償却超過額として、損金に計上することを否認し、これをそれぞれ各年度分の所得金額に加算したものである。

五、(本件機械の特別使用料)

本件機械の特別使用料については被告はなんらの更正を加えていない。従つて右特別使用料は原告主張の審査決定の基本をなす更正処分の対象となつていない。

理由

原告の存在並びにその成立に争のない甲第一号証、成立に争のない同第二号証によれば、本条例の目的が、単に中小企業者の負担を軽減させ、その窮境を救うという消極的な面のみにあるのではなく、設備の増強と近代化を通じて企業の合理化を積極的に推進させるにあること、従つて中小企業者等に対し機械類を単に使用させることが本義ではなく、進んで軽い負担で機械等の所有権を取得させることが本条例の真の狙いであることが明らかである。

そして本条例によると、札幌市より機械等の貸与をうけてこれを使用する中小企業者等は、右機械取得価格に一致する頭初納付額と普通使用料ならびに特別使用料を完納したとき、機械等の所有権を取得でき、前掲目的を達成することができるが、右取得時までは機械等の所有権は市に存すると規定されている。また「固定資産税の耐用年数等に関する省令(昭和二六年五月三一日大蔵省令第五〇号)第一条、別表二番号三一二設備の種類造作金物及び建築金物製造設備の規定等によると、本件のような機械の耐用年数は二十余年であることがうかがえる。そうすると、右にいわゆる使用期間内は、市に機械等の所有権が存するとされるのか、本来的にそうなのか、或いは政策的にそういうことにしてあるのかについて考えてみるに、前示認定の本条例の目的および内容並びに本件と同様の機械の耐用年数に、甲第一、二号証成立に争いのない乙第一号証第二乃至第四号証の各一、二および弁論の全趣旨を合せ考えると、形式的には、札幌市が機械類を購入してこれを中小企業者である原告に貸付けてその使用料を徴し、前記完納を停止条件として当初納付額と累積使用料との合計額が機械対価に転化して所有権が原告に移転するという法律関係をとつてはいるものの、実質的にみれば、札幌市が、本条例による制度を利用しようとする原告より希望機械を寡り、それを代つて購入したうえ、所定年数内に右機械価格に一致する当初納付額および普通使用料を使用者である原告に等分割納付させ、かつ機械価格から既払込の当初納付額普通使用料を控除した額に対する民事法定利率に等しい年五分の割合による金員を特別使用料という名目で納付させ、これらが完済されたとき、機械等の所有権が、本条例制定者および本条例利用者がそろつて目的とするとおりに、終局的に原告に移転し、それまでは市に留保されていることが認められ、この点に関する証人荒川毅の証言、原告代表者尋問の結果は、いずれも形式や文言にのみとらわれていて、採用できないから、これは機械等のいわゆる割賦払約款附売買というべきである。そうすると、「使用料」という文言を用いてはあつても、その実質は割賦金であるといわなければならない。

そして納税者の社会経済生活上の各事実を、租税法規の解釈運用上どのように評価すべきかは、単に右事実が関係当事者間で呼ばれている名称・呼称によるべきではなく、客観的・実質的観点より本来一般的に適合する意味づけを与える名称・呼称または法的効果のものとして把握されなければならない。

してみると、原告主張の「使用料」のうち「普通使用料」の合算額は、原告主張の旋盤、折曲機等の固定資産の購入価格に相当するから、租税法にいう費用収益対応の原則により、右機械の利用期間に配分された当該年度分の償卸額のみが、右年度における損金として計上を許されるものであつて、右を超過する額は、たとえ右年度に支出したものであつても当該年度分としての損金性は否定されるべきものである。すると、本条例による「普通使用料」をその実質において右使用料とし、かつ本件機械の利用期間に関係なく、単に支出した時に損金となるということを前提とする原告の本件審査請求を棄却した被告の決定は、正当であるといわなければならない。

次に原告主張の「特別使用料」が、本件取消を求められている審査決定の前提をなす更正処分の対象となつていることについては、弁論の全趣旨その他本件にあらわれた全証拠によるもこれを認めるにはいたらない。

以上を総合すると、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条・九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 間中彦次 今枝孟)

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